ぐだぐだわーくす

意識低い系目標と面白アンテナを掲げて世界征服をもくろむBLOG。我を崇めよ(*‘ω‘ *)

新聞のエゴ丸出しな報道の自由なら犬に喰わせてしまえ!!

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こんにちは!DAC(id:dacs)です。

昨日書いたエントリ報道の自由ランキング結果は鵜呑みしてはいけない - ぐだぐだわーくすに対する補足となります。併せてしまうと煩雑化するのでこの点だけ取り上げます。

矛盾する3つの解釈

1.新聞協会の解釈

記者クラブに関する日本新聞協会編集委員会の見解|記者クラブ|声明・見解|日本新聞協会という2006年の文書には以下のような記述があります。


 記者クラブの開放性については、97年の見解で、「可能な限り『開かれた存在』であるべきだ」とされてきた。新しい見解は、この原則を引き継いだ上で、「日本新聞協会加盟社とこれに準ずる報道機関から派遣された記者など」で構成されるとしている。

 記者クラブの構成については、この見解が日本新聞協会編集委員会が取りまとめたものであり、はじめに新聞協会加盟の新聞、通信、放送各社を、次いで新聞協会に加盟していないがほとんど同じような業務をしている報道機関を「これに準ずるもの」として定義付けた。

 外国の報道機関については、すでに多くの記者クラブに加盟している実績があり「閉鎖的」との批判には当たらないと考える。外国報道機関の加盟基準としては、(1)外務省発行の外国記者証を保有する記者(2)日本新聞協会加盟社と同様の、またはそれに準ずる報道業務を営む外国報道機関の記者―の2条件を満たしていることが望ましい。

強調は自分が行っています。つまり、新聞協会としては2006年段階から記者クラブは既に外国報道機関にも開かれた存在として公開されているとしています。

2.国境無き記者団「2017年度報道の自由ランキング」の解釈


Media freedom in Japan has been declining ever since Shinzo Abe became Prime Minister again in 2012. What with controversial dismissals and resignations, growing self-censorship within the leading media groups and a system of “kisha clubs” (reporters’ clubs) that discriminate against freelancers and foreign reporters, journalists have difficulty serving the public interest and fulfilling their role as democracy’s watchdogs.
(自分の意訳)日本における報道の自由は、安倍晋三が2012年に再び首相に就任して以降衰退の一途を辿っている。主要な報道機関では自主規制することが増え、差別的な「キシャクラブ」(記者クラブ)の仕組みによりフリージャーナリストや外国人記者を排除している状況にあって、ジャーナリストが公益に役立つことは困難化し、民主主義の監視役としての役割を果たせていません
10年以上たっても全然外国の報道機関は入り込めていないので、日本の報道の自由が落ちていると主張しています。新聞協会の解釈とは相容れない解釈であり矛盾しています

3.朝日新聞の「2017年度報道の自由ランキング」報道の解釈


日本は10年には11位だったが、年々順位を下げ、14年59位、15年は61位だった。「国境なき記者団」はかねて、取材の方法しだいで記者も処罰されかねない特定秘密法に疑問を呈してきた。14年12月に同法が施行された後、メディアが自主規制に動くのは、「とりわけ(安倍晋三)首相に対してだ」とした。

安倍首相に対しとりわけとわざわざ自主規制の主因の如く書いていますが、原文の中にはとりわけという文言は存在しません。確かに関連性を示唆しているし、政府が報道に対し敵対的姿勢を示している記述はありますが、これは意訳の領域を超えています

朝日報道の一番の問題は記者クラブの件に一切触れていないことです。これは意図的な削除と疑われても仕方が無い程明確な割愛の仕方をしています。これは上記の矛盾の裏づけの一つになります。

また、記事中では報道の自由度低下は2010年には自由度が高かったのに以降劇的に下がったとしています。しかし、記者クラブの件で言えば新聞協会は2006年には解消しているとしており、ランキングでは未だ解消していない差別的な仕組みとしており矛盾します。

わざわざ記者クラブの件を報道から完全に割愛する行為は非常に恣意的で報道の正確性を損なう報道機関としてあるまじき行為です。

問題はどこにあるのか?



高橋 浩祐‏氏は、前ハフポスト日本版編集長。元朝日新聞記者の経歴を持つジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー東京特派員の方です。

現役の外国報道機関の方が、記者クラブはオープンではない、問題であると書かれている訳です。このことと先の矛盾をよく照らし合わせて考える必要があります。

確かに一部の国外報道機関は、新聞協会に非所属でも記者クラブには入っています。それが2006年の新聞協会の見解でしょう。しかし、それに入っていない国外報道機関やフリージャーナリストが多くいるのです。

しかし、それを阻害しているのは他でもない同じジャーナリストです。結果として報道結果として偏ったものになってしまいます。

このクローズドな状況を良しとしているのは、何も政府だけではなく既得権益的に記者クラブに頼る報道機関もまた同じ穴の狢です。この点において新聞の保守系、革新系の差などなく等しく自社都合でこの件については触れていません。

社会の木鐸たらんとする新聞が寄与された立ち居地のために、ファクトを伝える姿勢をなおざりにし、ひいては国民の知る権利を阻害しておきながら報道の不自由さを嘆く…これはどういうマッチポンプでしょうか?

自社都合で報道内容を変える報道にジャーナリズムがあるのか?

ここで「無い」とまで言い切ることは流石に出来ません。当然あります!あらねばなりません。(今村元暴言大臣や「失言がお仕事」の二階さんじゃないのですから)

しかし、そのような排他的な護送船団的なやり方をしながら、その一方で政権に対して戦っているという姿勢で国民の味方を自称したり報道の不自由さを主張するのは随分と都合が良い自由ではありませんか?

自画自賛をしている場合では無い

トランプ大統領がメディアを通さず情報を流したり、有象無象のインターネット情報のデマなどから、フェイクニュースが問題視されるようになりました。

一次情報源への特権的なアクセス権限を持ち、権力の監視機能、第四の権力としてのマスコミには、フェイクニュースを看破し事実を正しく伝える責務があります。そのために個人では不可能な情報収集、編集、伝達のための莫大なリソースも抱えています。

しかし、この報道の自由度を下げる状況を確信犯的に放置した状態で「手間ひまをかけたジャーナリズムから根拠不明のネタまでニュースの発信源を格付け‥。私も検証報道やフェイクニュースに対するファクトチェックをしているメディアこそ評価すべきだと考えている」という褒め言葉を取り上げて自画自賛をしている場合では無いのではないでしょうか?

自分が新聞の報道に期待すること

先日、朝日新聞にはこのような記事も掲載されました。
www.asahi.com

確かに昨今の週刊文春の取材力は卓越しているものがあります。より正確に言えば、それ以外の雑誌やWebメディアを含め新聞以外のほうが報道すべきを報道し、継続的で深い報道をしていると思わされることが多くなっています。

本来これはあり得ないことです。新聞社が持つ報道のためのリソースは雑誌社などとは比べ物になりません。実際、小さい報道欄などを見ると小まめに続報を掲載したり、広い情報収集は新聞の圧倒的な力を感じる面も多いのです。

そうであるのに、新聞は週刊誌に教えを請わねばならないようになっているのもまた実情なのでしょう。

自分が期待するところは、「ファクトで新聞社が武装するのではなく、ファクトで国民が判断出来るようにしてほしい。」「新聞社は国民に啓蒙をするのではなく、国民と一緒に考え事実を突き詰めることに注力してほしい」の2点のみです。

これらを疎かにして 新聞のエゴ丸出しな報道の自由なら犬に喰わせてしまえ!!