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キレる中高年!ありがちな決めつけを廃し、改善の仮説を考えてみた

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こんにちは、DACです。

今日は、人が何故キレるか、それをどうすればより良い着地が出来るかについてお話ししてみようと思います。

ネタ元

概要

  • 筆者がコールセンター勤務時に見た実際の中高年のキレるシーンに関する紹介
  • 業務作業手順の指南役の指導不足、指導環境がストレス蓄積してキレる例
  • ガチャ切り(乱暴な切り方)顧客へのストレス蓄積してキレる例

読後の所感

実例と言うことで生々しいリアル感があります。内容を見ていくと業務内容の組み立て方に難があるように感じられるところがチラホラ。

ここであえてでででーさんが「キレる中年」という抽出の仕方をしたことに今ひとつ背景が明らかになっていません。

ですが、推測は出来ます。

  1. 一つは「キレる10代」という単語は一般化しているが「キレる中年」はいまだ認知が広がっていません。正確には若者にとってなかば常識的であっても当事者である中高年には理解が薄いのでそのギャップインパクト(特に若者の共感ウケ)を狙っている。
  2. もう一つは、当人が若者視点を取りつつも中高年へ足を踏み込みつつあるということがある。反面教師でありつつも他人事では無い的なものがある。

まあ、推測なのでその実は伺わないと分かりませんが、裏付けとなる部分はあります。

過剰な中年叩きにならぬようクロージングで「上の人」や「お客さん」にキレてしまう人は必ずしも中年の方だけということは無いとしながらも、中年の方がブチ切れてしまうとパワーも物凄いのでキレるというイメージが定着しやすいという事実は確実にあるとしているためです。言い換えれば、見掛けで期待される落ち着きを容易にかなぐり捨てて感情に身を任せれば「年甲斐の無い幼稚さ、耐性の貧困」がよりインパクトを持って伝わると言うことです。

年齢に関わらず人間ですから、嫌なことは嫌ですしストレスを溜め込めば爆発することはあります。ただ、それでも応分に歳をとるなら上手く自分でストレスマネジメントすることが期待されているということでしょう。決して簡単なことでは無いですけれどね。

この手の話は難しく、すぐに分断に繋がる

しかし、こういう例が提示されると必ずと言って良いくらい年齢を軸にした分断が起きます。

若手からすれば中高年がキレたり傍若無人なのは周知の事実です。ですので「よくぞ書いてくれた!」「実はこんなことがあった」「そうだよね。わかるわかる」と共感が集まった上でつまるところ「中高年は駄目だ」「あいつら、嫌いだ」という着地をしがちです。そうなると、「全ての」中高年はキレやすいものであるという固定した思い込みの結論から遡って理由付けをしてしまったりします。

対する中高年ははなから自覚が無いことが多いです。或いは薄々怒りやすくなっていると自覚しつつ引け目に思っています。前者であれば身に覚えが無く、後者であれば痛いところをつかれてしまうのでこの話には反感を感じたり、覆い隠す動きをしたりします

いずれも正確性や理性が欠片も見られない点では同じ穴の狢ですが、こう立ち位置が違うと落ち着いて相互理解に向かう道筋が立ちにくいのが問題です。

本当に中高年が凶暴なのか?

先に結論を書きます。この文脈で通そうとするのは明らかなミスリードです。先日あった以下の報道とその裏付けとなる統計が一つの参考になると思います。

高齢者犯罪数が激増中

タイトルがこれまたインパクトありますよね。


傷害や暴行などでの高齢者(65歳以上)の摘発人数が、人口増加を上回るペースで急増していることが20日、国の統計から分かった。特に暴行の摘発は10年前から4倍超に激増。些細(ささい)なトラブルから他人に手を出すケースが多発し、火炎瓶や爆弾などで無差別に他人を傷つける重大事件も起きている。
ここでいう国の統計とは、法務省が毎年発行する犯罪白書平成28年度版のことです。

第四編第七章「高齢者犯罪」冒頭に27年10月1日現在の高齢者(65歳以上の者)の人口は,過去最多の3,392万人(前年3,300万人)となり,総人口に占める高齢者の比率も,26.7%(同26.0%)と過去最高となったとあります。
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(平成28年度犯罪白書から引用)

確かに概ねが減少している中で65歳以上の増え方は異常です。まあ、この歳になると中年を混ぜてはいけないとおもうのですけど、この報道の仕方だと「高齢者こえーーー」「だから、奴らは」という話にミスリードしそうです。

人数比では若者の犯罪が圧倒的に多い

ミスリードといったのは、この犯罪謙虚数はあくまで絶対数だからです。ご存じのように日本は少子化の一途を辿っています。それも生半可な減り方では無いのです。

日本の出生数と出生率1900-2010.jpg
By Mc681 - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, Link

65歳以上と言えば団塊の世代、第一次ベビーブーム世代を含むわけです。仮に年齢別の犯罪実行比率が均一ならば、比例してその総数が多ければ多いほど犯罪実数も多くなります。逆に今の若い人は母数が少ないから当然犯罪実数も少なくなります。このグラフを見れば、それが自明であることは想像が付きますでしょう。

実際にその観点で犯罪白書が割り出したのが下表です。
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(平成28年度犯罪白書から引用)

刑法犯の成人検挙人員の人口比の推移(最近20年間)を年齢層別に見たものである。平成27年における高齢者の検挙人員の人口比は,8年の約2.2倍であるが,他の年齢層よりは相対的に低く,20歳代と比べると半分以下である。人数比率で考えれば明らかに若年層が犯罪を起こす割合は飛び抜けています。これも別に今の世代がどうのではなく、昔からこの傾向は変わりはありません。故にそれはそれで事実として認めるべきです。

数の多い高齢者が何かをすれば目立つ

そうはいっても犯罪者数が実数として多いのは問題提起としては正しいのです。比率が低いとはいえ、過去これだけの高齢者の犯罪実行数はありませんし、重犯罪も犯していますからね。

人数が多ければ多いほど目立つし、結果的に良かれ悪しかれ社会に影響が大きいのです。そんなマスの話をされても困る…と他人事をされても論外に駄目ですし、その一方で「だからイマドキの中高齢者は」「だからイマドキの若者は」「男は」「女は」「何人は」というバイアスも非常に有害なのです。現実問題として、高齢者犯罪数は増えていることは事実、だからといって高齢者全てがそれとするのはあまりに質の低い思い込みです。そこにミスリードされてはいけません。

そして、だからこそ人数が多い世代ほど他の少ない世代より自分の言動が社会影響が多いことの自覚が必要で、相応に行動規範を厳にすべきなのでしょう。

孤立が人を暴力に導くという仮説の恐ろしさ

産経新聞の記事中の仮説です。


新潟青陵大大学院の碓井真史教授(社会心理学)は「加齢によるパーソナリティーの変化は大きく分けて、思慮深く優しくなる『円熟化』と、感情の抑制が利かなくなる『先鋭化』の2つがある。先鋭化では、感情を制御できずに些細なトラブルが暴力につながる」と説明する。
高齢者が先鋭化する背景には、核家族化や雇用の流動化、年長者を慕い敬う伝統の消失など社会構造の変化があるとされる。激高などの行動は孤立した状況で起こりやすく、女性に比べて変化への順応が苦手な男性で顕著になるという。
碓井教授は「人は孤立すると攻撃的になるとの実験結果もある。高齢者より若い世代にも同傾向が出始めており、日本の中高年は危機的状況だ」と指摘した。

言われてみれば腑に落ちる

高齢者男性にとみに起きやすいとされるのは、会社だけをコミュニケーション場所としていたような団塊の世代が引退し、いざゆうゆう老後と向かった先が孤独だったというストーリーです。

妻は元々地縁も構築していれば、趣味繋がり、学生時代からの繋がりなど個人で途切れないネットワークを持っていたりします。ですので、その繋がりに無理にくっついて回ろうとすれば異物となり、いわゆる濡れ落ち葉扱いとなります。

それではと、地縁を作ろうと町内会やボランティアに参加しようとしたり、習い事に参加したりして挫折するのもお決まりのルートです。会社での職位や仕組み、立ち居振る舞いを持ち込んだり、興味が沸かないなどの理由で落ちこぼれたりすることも多いようです。本人は「そんなレベルの低いところは願い下げ」と口にしたりしますが、他に何も持っていない徒手空拳では客観的に見て落ちこぼれです。

かといって散歩と昼寝で過ごすほどに心身共にまだ衰えていないわけです。プライドも身の丈に合わず高い。そうなると孤独な割に外からの干渉は嫌うという度しがたい存在になっていくのです。核家族化や雇用の流動化、年長者を慕い敬う伝統の消失など社会構造の変化があるとされると言いますが、そもそも年齢に適した落ち着き「円熟化」が出来ていないなら敬われることがないのも必然です。

原因の追及よりどう改善するか

何が最初の原因かを突き詰めるのはあまり意味がありません。何が悪いと決めたところで、それを排除したから問題解決できるか、孤独からコミュニティ参加に繋がるかといえばNOだからです。尊敬しない若者が悪いとか核家族が悪い、或いは加齢は悪だという結論に何の解決の突破口もありません。全てはどん詰まりです。

高齢者であれば、或いはそれに足を踏み入れつつある中年相当であれば、自分が孤独である状況をまず認めるべきなのです。そうすれば試行錯誤のとっかかりが出来ます。

でででーさんのエントリの例に準えるなら、十分に教えて貰えないことをもっとアピールするなり環境の改善に提案するなりの動きが欲しい。教える担当が悪いならその人が教えやすくするにはどうするか小さいことから考えてみる。或いは担当を変えて貰うとか同じ立ち位置の人と情報共有するというのもあるかもしれません。共通の悩みや立場の違いが分かってくれば行動は変わり得るのではないでしょうか?

顧客のガチャ切りの場合は、望まぬ相手への飛び込み営業ですから、手法をどうテクニカルに整理していくか、心の置き場と仕事の受け答えをどう分離するかといった話になりそうです。この点は年齢、性別に関わらずコールセンタの顧客対応で悩みや手法が共有される部分です。例をあげましょう。

特に一番上の記事がいかに共有され共感を呼んでいるかを見れば、それが限定的な話で無いことは一目瞭然でしょう。

終わりに

小生自身はコールセンタ業務をしたことがありません。ですから上記した改善案が机上の空論の可能性も当然あると思っています。ただ、それでも手をこまねいて諦めたり、他の世代を十把一絡げに決めつけてしまうよりは結果が出るだろうことも確信しています。

全ては他人事では無いのです。人は絶対に歳をとります。その中でどう生きていくかというのは常に喫緊の課題です。

また、色んな年齢、色んな性別、色んな人種、色んな思想、差異というものは枚挙のいとまが無く衝突は必然です。自分が気に入った者以外はミュートしてブロックしてという訳にはいきません。そういう安易を望む人が増えることに自分は強い危機感を持ちます。

残念ながらそれは新しい観点でも何でも無く、過去から何度も繰り返してきた断絶と闘争、時に限りない残酷を引き起こしてきた普遍的な最大要因です。

面倒でもウザくても考え、手を加えることを恐れない。難しいですけどね。自分も無理なくそういう方向で事に向かおうと思っています。