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ネタ切れブロガーよ、新聞のネタ切れ対応「腐らないネタ」作りのカラクリを大いに学べ!

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こんにちは、DACです。

日々ブログを書いている人の多くに共通の大きな悩みの一つに「ネタ枯れ」「ネタ切れ」即ち書くための材料が無いというものがあります。全然珍しいことではありません。ですが、真面目な人ほど自分で自分を責めたりするんですね。勿体ないことです。

今回は、書き物のプロの一翼、新聞の「ネタ切れ」対応からブロガーが学ぶべき事についてお話しします。

新聞ってどんなものかイメージありますか?

そもそもあなたは新聞読んでいますか?馬鹿にすんな!と怒ることが出来る人も次第に減ってきています。ご存じの通り、紙の新聞の購読者数はつるべ落とし的に少なくなっているのです。

例えば、公称部数1000万部を誇っていた読売新聞は900万部近くまで減少しています。日本新聞協会によると2015年までの10年間で一般紙の発行部数は694万部減りました。これは毎日新聞と産経新聞の発行する朝刊部数合計(500万部弱)を大きく超えます。2014年の1年だけで99万部減、これは河北新報、中国新聞などの地方ブロック紙が1-2社分消えているのと同等です。

まあネット、殊にスマホでYahoo!ニュースやキュレーションサイト経由でニュースを見る層にとってそれがどうした…でしょうが、ここでは新聞のイメージを持っているかを問うています。冗談抜きで紙の新聞を見たことも触ったことも無いという人が増えていると思いますので念のためです。

新聞は朝刊でおおよそ30ページから40ページの大判の紙の冊子形状をしています。情報量として広告を除外しても新書一冊弱に相当します。

実は新聞も「ネタ切れ」するのです

新聞を購読していなかったとしても、新聞が休刊日以外は毎日朝刊と夕刊が刷られ配達されていることはご存じでしょう。これは裏を返せば、それだけの紙面を埋めるだけの情報を毎度毎度出力していると言うことです。

その新聞が「ネタ切れ」するというのは不思議に思うかもしれません。そうというのも、新聞が真っ白な紙面で配達されたり、ある日は10ページだけ、ある日は3ページ、ネタが無いときは休刊などということがあるかと言えば無いからです。

そんなことがあればそれこそ一大事でニュースになってしまいます。新聞は毎日おおよそ決められた時間に同程度のページ数の紙面一杯の情報を安定して提供してくれます。

でも、実はその新聞にも「ネタ切れ」があるのです。

ネタはいつでもあるものではない

新聞には世間で起こったいろいろなニュースが掲載されています。ニュースとは、新しい情報であったり、珍しい情報であったり、何かしら読者が読んで役に立つ情報のことを指します。

よく考えてみましょう。ニュースになるような事が毎日毎日一定量必ず発生しているでしょうか?別にニュースは記者がマッチポンプ的に作っているわけではありません。

何かしら世の中で自然発生した事物を収集し、解釈し、分かりやすく伝達するのが新聞に代表されるメディアの仕事です。収集、編集、拡散は確かに扱っていますが、元となる情報はあくまで外部に発生し、それは日々起きたり起きなかったりするのです。

つまり、「ネタ」はあったり無かったり不安定なのです。

流石に全く無いという日は無かったにしても、毎日毎日天変地異や大事件が発生しているということはありません。もし、そうであるならば確かにメディアは困りませんが、その異常事態に日々面する状況など願い下げです。

平穏無事であることを目指すから問題を解決しようとするのであって、「ネタ」のために不穏な状態を継続することなどあり得ません。

平穏なときにはネタはあるものの、イマイチ面白みに欠けたり刺激が薄い小粒なものになるのは致し方ありません。そういった状況を新聞にとっての「ネタ切れ」と言います。

ネタが切れたら新聞はどうするか?

ネタが切れたとき新聞はどうするのでしょうか?ネタ切れブロガーみたいに「うーんうーん」と唸って何も出力しないのでしょうか?

当然そんなことはありません。先に書いたように新聞は定期的に一定量以上の情報を提供する責務を負っています。

それを生業とするプロである以上、ただ唸っているだけとかTwitterで「ネタが無い」などと愚痴を垂れ流すなどという無作法が許される訳もありません。当然、何とかして紙面を埋めねばなりません。

何でもいいから埋めるなんて無作法はしない

そうなると何かしらの埋め草が必要になります。勿論、本当に何も起きない日というのはまずありません。

ですから、品質問わずというのであれば、小粒の情報価値の低いネタを大量に寄せ集めて何とか紙面をノルマ通り埋めると言うことも可能です。

実際にはそんなことは絶対に行いません。理由は簡単です。そんなことをすれば、読む価値が劇的に下がってしまいます。紙面がノルマ通り埋まっていたとしても、それでは駄目です。

ある日はスクープ記事満載で情報価値が高く、その翌日は情報価値が限りなくゼロに近いかお金を払う分マイナスになるような品質だとしましょう。

そんな不安定な新聞は誰も読みたくありません。最悪ずっとつまらない記事が一週間でも一ヶ月でも続くなんてことになったらお金をドブに捨てるようなものですし、信頼性は地に落ちることになります。

だから、そんな何でもいいから紙面を埋めるなど商業誌たる新聞が行える訳もありません。

腐らないネタを蓄積する

ニュースというのは、その情報が世の中に生まれた瞬間から価値が下がっていくのが普通です。名前通り新鮮(ニュー)であることに価値の多くがあります。

誰も知らない大きな影響のある情報が特ダネとなる一方で、誰もが既に知っていて影響範囲が小さいものほど価値が低くなります。最初は誰も知らなくても、報道されたり共有されたりすれば加速度的にニュースの価値は下がります。

だから、ニュースメディアは常に競って誰も知らない大きなネタを探し求め、それを誰より先んじて伝えようとするのです。

しかし、そうなると「腐らないネタ」なんてあるの?という話になります。誰にも知られないようにこっそり自分だけの秘密にしておいても誰かがそれをすっぱ抜いてしまえば価値はゼロです。そんな危険な橋を渡るくらいなら極力新鮮なうちに独占報道するのは当然です。

「腐らないネタ」はそういった新鮮を売りにするものとは一線を画したものになります。

例えば、各省庁が公表した統計情報と社会情勢を組み合わせて共通点や差異を探るといった検証や考察で新しい切り口を作る。例えば、複数の同種製品同種サービスを集めてみて比較してランキングしてみたりする。或いは共通点と差異を比較してみる。国内の事例に対し、海外の先行事例を組み合わせてみる。

ブログで言うところの「まとめ記事」「考察記事」に相当するものを作るのです。

なぜそれが「腐らないネタ」かというと、外から得たストレートニュースではなく、ニュース同士を掛け合わせたり裏付けを取ることによってストレートニュースに存在しない情報を作ってしまうためです。

それは世の中のどこにもない作った人の着想から生み出されたものです。当然同業他社は勿論、同僚にも差が付く情報であり、同じ着想にたどり着かない限り唯一無二で常に新しい情報となるため腐らないのです。

ネタ切れブロガーよ、新聞のネタ切れ対応に大いに学べ!

プロである新聞記者がネタ切れ対応していることからブロガーが学ぶことは少なくありません。

そうはいってもまず行うべきは、アマチュアだから出来ることをまず考えましょう。

寝言のススメ

小生や「教えて!ヒャッハー委員会」ではその有効対策に「寝言を書くこと」を推奨しています。寝言とは、書く内容の自己規制を極力外し気楽に何でも書くと言うことです。

ブロガーという人種は大抵格好つけしいなので「このレベル以上の内容じゃないと駄目!格好悪い」などと出力品質を決めて勝手にハードルを上げてしまいます。

向上心があることは、一般的に美徳ではあるのです。しかし、それが自縄自縛となって出力そのものが出来なくなるなら有害です。

だって、他人なら気がつかない些細な点にも厳しく気がつくし、ちょっとしたマイナスを針小棒大に捉えて駄目だししちゃったりするのです。そりゃ厳しいですよ。無茶苦茶厳しいです。

その超厳しい自分ルールをクリアすることが難関な上に、それをクリアしたところでウケないなんてザラです。折角無理してクリアしたのに鳴かず飛ばずだったりしたら心が折れてしまうのも道理です。

心折れずとも「今度はもっと高いハードルにしないときっとウケない!」とか明後日方向の無駄な努力を始めてしまったりするのです。

そういう無駄で馬鹿馬鹿しいことをやるくらいなら、もっと楽しくゆるくやってみたらどうですか?

案外必死にレベルを上げたつもりで書いたものより、寝言の方が読者には受け入れられたりするものです。ブログは継続的な出力をしてナンボです。兎にも角にも何かを書いて繋げていけば、仮に箸にも棒にもかからない寝言がいずれは一人二人と琴線に触れる人が増えていくのです。

プロはこの手段を使えません。何故なら常に高品質を要求されているからです。当たったらラッキーみたいなことは出来ません。

でも、ブロガーは話が別です。結果的に偶然でも当たれば御の字ですし、外れたら外れたで次上手くやればいいのです。

「腐らないネタ」の元を作っておくこと

ブログツールには大抵下書き機能というものがあります。

ここに思いつく端からネタを書き連ねていくと良いでしょう。勿論時事ネタなど価値がどんどん減っていくものもあるでしょう。

その時凄く面白いと思っていても後で見たら色褪せて見えて「何が面白かったんだろう?」と我がことながら首を傾げるようなものも少なくありません。

しかし、とりあえず書いておきましょう。キーワードだけでも構わないので後で自分が読んで何を書こうとしたのか分かる程度には情報を書き散らしておくと良いでしょう。

後から見て「つまらないなあ。何だったんだ?」と思うような場合、むしろ「しめた!」とほくそ笑んで下さい。

何故なら、他の人もその情報を既に終わったものだと思っているからです。つまり、それを手にいしているあなただけの情報に変化したとも言えるのです。それ自体は確かに終わっている情報なのかもしれません。

でも、そこに何かしら「まとめ記事」や「考察記事」とする手立てを見つけたとき、それは「腐らないネタ」に化けます。

「腐らないネタ」の元というのは単にいつでも使えるというだけがメリットではありません。むしろそれは付属品的なメリットです。

一番のメリットは、ストレートニュースには存在しない自分だけの付加価値をつける余地を持ち、切り口次第では他のいかなる大ネタでも太刀打ちできないものを生み出す苗床となる可能性を秘めているところにあります。

今回は、どうやってそこを化けさせるの…という深掘りまでは進めません。そういった観点を持っているかいないかでネタの意味づけ、扱い方というのがガラッと変わるということをまずは気付くことが重要だと指摘します。

終わりに

ブログ運営に関わるテクニカルな話というのは、世の中に腐るほどあります。PVや収益といった話は欲得づくで人が寄ってくるのでそれ自体が美味しいコンテンツとして使い回されています。

しかし、小生個人としてはそういう付随物を主体としたようなものを書くつもりは毛頭ありません。…といいますか、ブログ論じみたことを書くこと自体恥ずかしいと思っているのでこのエントリも正直「こんなもの書いてどうする」と自問自答している有様です。

とはいえ、書くものが無いことに苦しむあまり、出力そのものが嫌になってしまって結局更新を出来なくなってしまう人も多く見かけます。調子が良いときは面白いものを連発していた人に限って、一度コケると立ち上がれないなんてザラです。何故なら成功体験が大きいのでそれに至らないものは自分で全部ボツにしてしまったりするからです。

小生からしたらそれこそ本末転倒で馬鹿馬鹿しいにも程がある話です。「何を思い違いしているんだ?」と、「お前はどこかの作家様か何かなのか?」と都度突っ込みたくなりますが、大抵そのまま消えて無くなってしまいます。ブログなんてそんなご立派なものじゃないんです。

目標として何年も続いていて、PVや収益もそこそこあるようなところを仰ぎ見ては、自分はこんなに小さいと見ることに何の価値がありますか?大体目指すものが小さすぎるからそういう間抜けなことを言い出すんです。自分なりに面白いと思うものを継続し続ける事の方がよほど大きい。数字で云々言っている限り、結局は小さくしか纏まりませんし誰かが書いた適当なテクニックらしきもので右往左往することになるんです。*1

いい加減そういうのやめた方がよいですよ。初心者だからとかそういうことじゃなくて、それをどれだけ早く気付くかでブログへの接し方は決定的に変わってくると思います。

*1:本気で数字だけ求めるなら全く別のアプローチがありますし、そういうガチな人は自分が知る限り、最初から迷いが無いので「ネタが無い」とか口にするような無様なことはしません。