ぐだぐだわーくす

意識低い系目標と面白アンテナを掲げて世界征服をもくろむBLOG。我を崇めよ(*‘ω‘ *)

センスねえな…と言われ続けたコミュ障の僕が身に着けたサバイバル戦術

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こんにちは、DACです。

今回はお仕事で言われるセンスについて語ります。まずはちょっとだけ、昔話から始めさせてください。

センスが無いと言われ続けたコミュ障の僕

「おめえ、センスねぇなあ。そんなんじゃ仕事任せらんねえよ」

会社に入って数年くらいの頃、ついていた先輩からよくそう言われたものです。イマドキだとこれは暴言になるのかもしれませんね。

確かに自分もそう頭ごなしに言われるとなけなしの反骨性で「なんだ、この野郎」と思いました。ただ、自分の頭の中で遥かに大きい割合を占めていたのは実は怒りではなく、疑問符でした。

そもそも仕事上のセンスって何さ?

「センス無いってなんだろう?」意味が分かりませんでした。

服選びでセンス無いと言われればダサい…つまりは平均から遥かに劣る、論外な、みっともないみたいな感じでしょうか?

しかし、これは仕事についてのセンスです。分かるようで分からない。期待された要求水準に達していないことは分かるのですが、どうセンスが無いのかがボンヤリしていました。

今になってようやく分かった「センス無い」の意味

今になってみると分かるのですが、これは「仕事で関係する他の人にとって誤解なく消化の良い形で結果を出しなさい。自分で仕事の到達点を下げないこと」という意味でした。意味が分かってみると、先輩の表現も言葉足らずで、先輩の言葉選びも大概センス無いよね…とも思えます。

しかし、人は自分の事は気が付かないか棚に上げるものです。また、会社のような閉鎖空間では自分の言語観は全ての相手に伝わる筈という前提で話しかけることは割とよくあることなんじゃないかなと思います。

元々日本人は阿吽の呼吸を前提とするのが好き?

正直日本人全部を語るのは誠に僭越なのですけど、言っちゃいます。

日本人は世界的に見てもハイコンテキストな物言いが大好きな人種です。ハイコンテキストとは文脈(コンテキスト)に依存しない更に上位な部分での合意を前提にしているということです。分かり難いですね。要は阿吽の呼吸とかツーカーとか以心伝心とか皆まで言わないことです。言わないでも空気読めよ…忖度よろしく!といったあり方を無条件で肯定したがるのです。

  • 自分にとって常識だったり自明だったら説明しない
  • 使用する単語数を極力少なく短くしようとし、丁寧で分かりやすい説明を嫌う
  • そうであるにも関わらず右にでも左にでも解釈できる玉虫色の表現を選ぶ
  • 主題や結論は明確にしない
  • 不明なことへの質問も明確には答えず「自分で考えて」と投げ出す

ええ?自分は違うよ!…との反応が返ってくるのが容易に想像出来ますけれども、平均的にはそういう傾向が強いのです。そして、そういうあり方が好ましいと思う人が閉鎖集団の中で増えれば増えるほど同調圧力は強くなり抗しがたくなっていきます。

センスねえな…と言われ続けたコミュ障の僕が身に着けたサバイバル戦術

「あいつら、言語観おかしい!」と指摘しても何の益も改善もありません。正論がどうかはではなく状況を改善する手立てが必要でした。

仕方がないので自分が編み出したサバイバル戦術は次のようなものでした。

  • 自分にとって常識だったり自明でも説明する
  • 使用する単語数を極力多く必要なら増やそうとし、丁寧で分かりやすい説明を行う
  • 極力明快な表現を使いブレを少なくする
  • 主題や結論は明確にする
  • 不明なことへの疑問は明確に自分が理解できるまで諦めず聞く先は無節操に増やした

要はハイコンテキストなあり方の真逆です。相手がやってくれないことは仕方がないから自分がすることにしました。

相手が阿吽の呼吸を求めてきても「何言ってるんだか全然分かんない!教えて!」と返し、分かったことについては「それってこういうこと?」と仮説的な解釈をぶつけて確実にしていくことにしました。

勿論質問した先からは凄い抵抗はありました。だって、相手は自分に自明のことは一言たりとも説明なんてしたくないんですからね。「は?それくらい分れよ。っていうか普通の頭ついてれば分かるだろ。そんなだからセンスねえんだよ!」「め、ん、ど、く、せ、え!!!」言いたい放題言われましたが、そこで引いても何も得られません。相手が「仕方ねえな。これじゃ煙草も吸いにいけねえ」と泣きを入れるまでとにかく徹底しました。

確かにセンス皆無な方法ですが、自分はセンス云々よりも疑問符だらけで無為な時間を過ごすことが何より耐えられませんでした。どうせ自分には人の心を思い測る洞察力もエスパー的な忖度能力も無いと割り切ったうえで、残された手立てがこれしかなかったのです。

その結果、さらなるコミュ障の高みへと至る

こうやって自分という恐ろしく面倒くさい人間が誕生とあいなりました。コミュ障を更にこじらせました。(*‘ω‘ *)

個人的にはそう悪い選択だったとは思っていません。喰いつかれる方には同情しますが、この戦術を徹底する限り自分が必要とした情報を受け取るためなら骨までしゃぶります。

ハイコンテキストな会話を望む人からは蛇蝎の如く嫌われます。でも、遊びで喰いついている訳では無いので必ず一定の理解に至らせます。自分なりの言い換えや翻訳で意味を把握します。

また、副次的な話ですが経験として過去に理解に至ったことであれば、色んな言い回しを駆使して分かりやすく消化しやすい表現を選択できるようにもなりました。

時々自分も厨二的な趣味で言葉を短くするために圧縮率の良い単語を探して使ったり、勝手な短縮語を使い始めたりしてしまう悪癖がすぐ顔を出します。

自分がやられて嫌だったことで二の轍を踏むのは不本意なので、極力自覚し次第やめるように努力しています。

終わりに

実は今回の話にも切っ掛けとなるエントリがあります。「センスがないExcelは「1〜3行目」だけでバレる | コンサルNAEの整理ノート」です。EXCELでカラム上部に定義を明示しないセンスのない使い方をすると、情報収集を上手く出来なかったりミスリードしかねないといった趣旨の記事です。

エントリの内容は勿論面白いので是非目を通して頂きたいのですが、自分の目が釘付けになったのは「センスがない」というキーワードでした。一瞬で懐かしくも呪わしいあの頃に思いを馳せてしまいました。

そういう経緯なのでこのエントリは言及の体はなしていません。ただただ「センスがない」という言葉から個人的な振り返りに終始しています。

すごく個人的な露出で恥ずかしい限りですが、案外他の方でもこういったことを印象深く心に刻んでいる人もいるかも…とエントリとして仕立ててみました。

共感性に優れたあなたのことです。きっとハイコンテキストなあり方に順応出来ていて、自分の這い寄るような片思いは振られるのでしょう。けれどこういう姿勢でやってるよとお伝えできれば御の字です。