ぐだぐだわーくす

意識低い系目標と面白アンテナを掲げて世界征服をもくろむBLOG。我を崇めよ(*‘ω‘ *)

他人事ではないよ!ブロガーは権利侵害していないか常時振り返ろう

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こんにちは、DACです。

今回は、週刊文春が行っていたネタの抜き取りに絡めたお話をします。

週刊文春が週刊新潮のネタをパクっていた

週刊文春の立場からするとこの表現は不適切かもしれない。

何故なら、「(広告入手も含め)取材の一環であり情報戦」というのがこの期に及んでの文春側の解釈だからだ。

一体何をしていたか?


ライバル誌「週刊新潮」が電車内などで掲示するために作成する「中づり広告」を、「週刊文春」が公表前に入手していた問題で、文春を発行する文芸春秋(東京都千代田区)の松井清人社長が新潮社(新宿区)に謝罪文を出したことが、関係者への取材で分かった。

週刊誌は新聞と違い実際に文章を書き終わってから、印刷所で印刷し書店などで販売されるまでに時間がかかる。具体的には新潮はざっくり以下のような感じになる。

  • 火曜日に文章の締め切り
  • 火曜日夜当たりには電車の中づり広告を印刷
  • 水曜日に潜在顧客に中づり広告で宣伝
  • 木曜日に本誌発売

中づり広告は火曜日に印刷所からトーハン、そして電車貼り付けという流れを取る。週刊文春はこれに目を付けた。ライバルの新潮が今週扱っているネタを知るべく取次業者のトーハンから新潮の中づり広告を借りてコピーし、そこにある特ダネについて後追いで取材をして自社記事にしてしまっていた。

何故問題か?

双方個別の独自取材で同じテーマで同じ取材対象に同じ切り口でぶつかり合うならまともなガチンコ勝負だと言える。

しかし、相手の手の内を知りそれをカンニングするなら、相手を超えるのは非常に簡単だ。中づり広告は顧客にアピールすべく記事の要所や売りをふんだんに盛り込むものだ。つまり、テーマも取材対象も切り口も明示してあることが多い。結論も論立てもおおよそ類推できる。強みも弱みも明らかだ。後追いで同じ取材対象に、弱みを補強し強みを追加する取材をして記事にすれば良い。

文春は新潮と同日発売だが、このカンニング後追い手法を使えばラクチンで競合相手の売りを潰しつつ優越できる。「ズルイ!」「倫理に外れている!」という新潮側の訴えはもっともだろう。

文春側の言い分もある程度は分るが…

発売タイミングが同じと言うことは文春はこのカンニングでヨーイドンしてから取材方針を固め取材して記事を起こす。それにあてられる時間は極めて短い。何故ならライバルが締め切りをして印刷間近の状態である以上文春と手同じ状況だからだ。努力をしていない訳では無い。結果的により読者が知りたいだろう点をついた記事を書くという意味では有り難いことは有り難い。

ただ、明らかに競合している相手の手の内を知ってから勝ちに行くというのは戦争なら立派な戦術なのだろうけれど、野蛮で卑怯の誹りは免れないだろう。

似たような話が幾つかある。

ネットではNETGEEKがパクリで問題を起こしていた

NETGEEKはパクリ以外にも色々な問題があると指摘されるサイトだ。情報の信憑性が無いものを拡散することでも定評がある。その点では文春と並べるのは不適切かも知れないが、以下の事例などはまさに血を分けた兄弟みたいに見える。

ブログやWebメディアは週刊誌や新聞よりも記事作成から発行共有までの必要時間は短い。しかし、何をテーマに出力するにせよ、それが事実であったかどうかの裏取りは必要だ。自分が当事者では無く、別の誰かや何かがテーマの場合、第三者の噂話をそのまま右から左に伝えてはデマの拡散になりかねない。

このケースの場合、元々はKSLが選挙管理委員会、警視庁、社民党に通報と取材して記事化したものを、取材もせず引用元も明記せずNETGEEKが盗用したそうだ。つまり、一番大変でニュースバリューがある部分をそのまま抜き出してさも自分がイチから作り出したような顔をして公開したのだ。

文春からすれば、うちは取材しているから違うということにしたいだろうが同じ穴の狢だろう。殆どの道筋をただ乗りした上で取材しているのだから。別日に後追い記事にするならまだしも同日に「我が紙の特ダネ!」として相手を潰すために出すのだからやっていることに大差は無い。

週刊ジャンプのネタバレサイト運営者逮捕

昨晩からネット上で騒ぎになっていた件だ。二つのサイトで3億7900万円以上の広告収入があり「広告目的だった」と容疑を認めているとのことだ。

このケースの場合は運営者自身はそもそも制作者では無いから更に悪質だと言えるが、やはり方向性は同じだ。

本家がコンテンツを苦労して作っているのに、それを上手く公開前に入手してあたかも自分の物のように利益に換算する手法という意味ではこれまで挙げた物は全て同じだ。やっていることはこすっからい泥棒だ。

ブロガーは我が身を振り返ってみよう

さて、ここでブロガーは他人事のような認識を持つべきではない。これはまさに自分事だと考えなければならない。

ネタ元を自分の中に持っている生活系、自分語り系なら基本的には心配は要らない。だけど、以下のケースだと一線を踏み越えていないか振り返る必要がある。

  • 何かしらネタ元を自分の外に求めるスタイルの場合
  • 漫画やアニメなど権利者が他にあるコンテンツを使用するスタイルの場合

いずれにせよ引用という形を取って使うことで免責をしながらも、それを武器にしているものが多い。漫画やアニメ動画、或いはドラマなどのテレビコンテンツは非常に強力な引きになる。キービジュアルと言うべきか?

しかし、それが本当に引用と言って良いかどうかの切れ目はグレーゾーンだ。引用は要件さえ揃えば権利者への確認無く可能だ。「引用元の明示」「主従関係の明示」「引用する必然性」等の守るべき要件は案外多い。

漫画などを引用する場合は「引用元の明示」が権利者を明示せず不適切な事が多い。また、「引用する必然性」をつかれると多くの場合はアウトとみなされることが多い。インパクト重視で台詞やシーン繋がりで使用するのはそのブログの飾り、あたかもフリー画像素材のような扱われ方となっている。

本来漫画などのコンテンツはそのシナリオ上の必然性から描かれており、そのシナリオからすればフリー素材的な紐付けは作品の世界観を壊す物として権利者が不本意と捉える可能性が高い。こうなると引用要件は外れてしまう。権利者がいちいち確認して訴えを起こすのがコスト負荷に見合わないので目こぼしされているだけのことで、決して盤石の権利などでは無いだろう。

ブロガーのように出力を継続的に行う立場では、何かしら「楽をしたい」「便利にインパクトがある物を使いたい」という欲求があるのは自然の成り行きだが、それが本当に問題ないかは常に意識する必要がある。

終わりに

正直このブログもまったくもって他人事では無い。何かしらの外部情報ソースを元に言及を行っているからだ。

今回のネタにしてもまさにそうだ。リンク先の明示や引用要素の正しい使い方をしているか、主従は明確か、必然性はあったか。一件一件問われれば自信が持てるか?程度の差という面では全く比較にならないにしても、先に挙げたような要素が紛れ込む可能性は皆無には出来ない。

そうであるからこそ、意識的にそうならないようにする姿勢を保つ必要があるし、気がついた時に意識的に改める必要がある。彼我の差を明確にして、あれは悪、こっちは大丈夫…なんてお花畑脳でいると危ないことは間違いないのだから。

蛇足

行間を読んで欲しいものだけど、これも書いておこう。

今回の話は、ネット風紀委員のゲス活動を幇助するものではない。あくまで「ブロガー自身が我がふり直せ」であって、「隅々までミスを見つけてあげつらえ!」ではない。

いい加減そういう勘違いの自己満足も淘汰されて欲しいものだけど(*‘ω‘ *)勢いあるよね。