ぐだぐだわーくす

意識低い系目標と面白アンテナを掲げて世界征服をもくろむBLOG。我を崇めよ(*‘ω‘ *)

バカンスに行きたい?日本での実現に何より必要なのは自分にも他人にも優しくすること

f:id:dacs:20170723084833p:plain:w760

こんにちは、DACです。

今日はお休みの取り方の話です。

よく日本人はお休みを取らないというけれど

日本のサラリーマンは与えられた有給休暇をちゃんと使わないという批判を良く目にします。

労働基準法第39条では、業種、業態にかかわらず、また、正社員、パートタイム労働者などの区分なく、一定の要件を満たした全ての労働者に対して、年次有給休暇を与えなければなりませんと規定されています。ですから、法律違反をしていない会社であれば相応する有給休暇は付与されています。これに対し、厚生労働省が今年の2月28日発表した就労条件総合調査によると、2015年の年次有給休暇の取得率は前年よりも1.1ポイント増の48.7%でした。

与えられた多くない有給休暇すら消費しないという批判

よくある日本の労働環境批判では、継続勤務年数6.5年で20日というのは海外に比べて少ないのに関わらずそれでも行使率がとても低いという文脈が多いです。セットで指摘されるのは、そんな状況を鑑みて行政側で大手をふるって休める祝祭日を乱発していることがあげつらわれます。そこまでしないと休めないの?馬鹿なの?的な感じで言いたい放題です。

休みにくい理由

これまたよく言われるのは、労働者自身が勝手に空気を読んでしまうということですね。いわゆるSontakuです。周りが忙しそうにしているのに「自分が遊びとか私用でいきなり休んじゃっていいのだろうか…」とか思っちゃうとか「この仕事自分以外には効率的に出来ないだろうし」とか考えちゃうそうです。

真面目というか、馬鹿というか、そんなに周囲の目が怖いのか?とこれまた突かれ放題です。

捉え方は色々あると思う

その人の立ち位置によってこの話は随分捉え方が変わってくるだろうなあ…と小生は思います。

後先考えなくて良い立場の人なら

例えば、自分が雇われの立場ではないとかそこに恋々としてない人とかは好き放題なこと言えるんじゃないでしょうか。今現在無職であるとか、或いは学生であるとか、自営業であるとか、専業主婦であるとか、これから会社止めちゃう決意をした人とか。こういう方々は大抵強気なことを言うと思います。

統計的に言っても、ブラジル、フランス、スペイン、オーストリア、香港の有休消化率は100%。アメリカは80%で、多くの国が70%を超えていてワースト2位の韓国で53%だ。驚くべきは自分に支給されている有給休暇の日数を知らない日本人が47%に上るだそうです。

そりゃまあ、そうでしょうねえ…とは思うものの、こうやって責め立てても何も効果が無いと思うのです。

忖度しちゃう人なら

「ご説ごもっとも。それはそうなんだろうけどね」で話が終わっちゃいます。

だって、自分で自分に鎖をつけちゃう人達の心の問題、或いは個々の会社の文化の問題でしょう。外からの「そこはどうでも良いからこうあるべきでしょ」という雑なあるべきで話が動くなら誰も困らない筈なんですね。海外がどうのとか私はどうのっていう話を持ち出されても「あなたはそうなんでしょうけどね」となってしまいます。

大抵の方々がフィリピンやシリア情勢、ベネズエラの混乱に他人事、他国事として興味を持たないのと同じで、ブラジル、フランス、スペイン、オーストリア、香港の有休消化率とか言われてもせいぜい「へえ」で終わるのです。トリビアと同じです。それと同様に雇われじゃない人の言葉や雇われでも自由な裁量を許されている人の言葉は届かないと思います。

そこで「社畜」だの「日本の会社はブラックだらけ」とステレオタイプなことを言っても誰の心にも響かないし、実情が変わらないんです。実情が変わらないのにべき論で内心まで踏みにじられるなら、相当自己評価が低い人でも傷つくと思います。ですので、その手の批判方法は悪手というか悪趣味以外の何物でもないなあと常々思います。

小生個人のことを言うと

その年次によりますね。与えられている年休は年あたり24日で二年分で48日。その他諸々を入れると最大60日くらいは付与されますから多分恵まれている方です。全部消化するかと言えばそうでもなくて大体年あたり24日から30日使っています。日本の有休消化率は50%とされますから、比率的にはあまり優等生では無いですね。

でも、そんなに休みを取れないとか、周りを気にしなきゃとかそういうのありません。例えば、今時期でしたら「暑いなあ。とりあえず仕事がここまで進んだしやる気もイマイチあがらないし…」となれば半日午後休はすぐ取ってしまいます。会社で時間つぶしするくらいなら、家に帰って昼寝するなり、図書館でも行って本読んでいた方が楽しいですし…。

そこらへんは同じ会社にいる人でも感覚が違いますね。結構典型的なサラリーマンが多いので「自分がいなきゃ」と思っちゃう人とか「会議や喫煙所で話をするのが大好き」な人とか色々です。傍目で見ていてよく保つなあとは思うけれど、そこは自分のことじゃないので特に意見することもないし、こうやって注目しない限り気にもしません。

むしろ、なんでそんなに必死に他人が何をしているのか気にするのだろうとは思います。特にわざわざ批判・批評に興じて具体的に何も改善に動くわけで無い人達ってとっても不思議に思っています。大前さんはお仕事の一環で何かそれっぽいこと言わなきゃいけないでしょうけど、それ以外の人はそういうモチベーション無いと思うんですよね。

今回のお話のネタ元

実は大前さんの記事じゃないんです。あれを読んだときは「らしいな。いつもの大前さんだ」と生暖かい目で数字を攫うだけしていたんです。大前さんって色々な評価される方ですけど、何か語る際に数字をちゃんと出展付きで出すから参考にはなるんですよね。肝心のご説や話運び自体は結構微妙なんですが…。

7/23日経新聞社説「問題が多いキッズウイーク 」

www.nikkei.com
夏休みなど学校の長期休業の一部を別の時期に移し、親にも一緒に休暇を取るよう促す「キッズウイーク」の導入に向け、政府は官民による推進会議を設けて議論を始めたことを受け、総論賛成各論反対というか「環境が整っていないなら良いこと提案しても上手くいかないんじゃないの?」的なお話をされています。

  • 教育の空白発生と補填負荷:一律で教育スケジュールが立てられているので任意に纏まった休みを子どもが取ると勉強に空白が発生しうる。その補填をしようとすると個々にFollowする分子どもにも教員にも負荷が増える
  • 学習効率の低下:本来夏期休暇は学習効率が下がる暑い時期を休暇にあてることにある。8月下旬に前倒しして再開すると意味が無いのでは
  • 親の一斉休暇取得は困難:人手不足が深刻になっているだけに、その地域の親が一斉に休暇を取れるのかという懸念
  • 子どものいない人にしわ寄せ:子どものいない人にとっては、同僚が休む分、仕事のしわ寄せが来るのではないかという不公平感

こういった問題を指摘しています。

キッズウィークとは


今年6月に政府が発表した「経済財政運営と改革の基本方針2017」の中で、2018年度から「キッズウィーク」という長期休暇の新しい仕組みを創設することが打ち出されました。キッズウィークというのは、学校を地域ごとに分け長期休暇の一部をずらし、子どもの休暇に合わせた親の有給休暇取得を促すという試みで、有給休暇の取得率を上げることと、家族旅行やレジャーへ積極的になることで経済を活性化させることが狙いとなります。

経済財政運営と改革の基本方針2017~人材への投資を通じた生産性向上~概要」の第二章3項にチョロリと触れてますが目玉の一つです。

所感

指摘自体にも矛盾というか変なところがあって、学習効率が低くなるような時期に大人が仕事しているのも変ですよね。仕事だって効率が大事でしょう。

よくある社畜理論に合わせて改悪するなら、能力の低さを時間で埋め徹夜でも何でもして結果を出す的なやり方を子どもに当てはめるのもありっちゃありですよ。夏だろうがなんだろうが、死ぬほど詰め込んで勉強させる…とか。社畜ならぬ学畜ですか。

怒らないで欲しいですね。現実問題、夏期休暇になったらなったで学校が本当に休みになる期間以外と短くてなんやかやと子どもを学校に来させますよ。子どもいないと知らないかもですが…。それに自発的に予備校で夏期講習とか受けていたりする子も多い訳で子どもだから暇、夏だから休みでしょというのも随分認識が甘いと思います。着々とそういうSontaku教育は子どもの時からなされているので、正したいならそこも手をつけないと駄目でしょう。

不公平云々も変な話。だったら、いっそ会社その時期休みにしちゃえって話です。別に子どもいるいないじゃなくてまとまった休みを新たにつくることで、消費や観光需要を喚起する狙いだったら休む人が多い方が良いに決まってるでしょう。

なんで親がどうのこうのになるのですかね。休みたくないっていうなら、その負荷分を働きたい人の給与に上乗せるなり何らかの報奨を与える。仕事が大変というなら、そこを埋める人材を投入する機会と捉えるべきです。

或いは人手不足がどうにもならないなら、出力を下げるしか無い。なんで人が減ったらそれを埋めるために人が倍働けになるんですか?仕組みを変えて人を減らしても回るようにする手もあるんですが、それが出来るなら定常的に人数減らせます。当面の話としては、調達できる人員で無理なく賄える出力を見極めることであって、今の出力の維持じゃないですよ。不公平という発想がそもそも逆向きです。

終わりに

f:id:dacs:20170723095038p:plain:w300
駄目だしばかりになっていますけれど、もっとマシな労働環境にしようと色々試行錯誤していることは良いことだと思うのです。

ただ、気になるのは今の出力ありき、今の形態ありきで話を進めようとしたら、いきなり非現実的になります。そこは潔く諦めるなり、頭数や時間で労働集約的なやり方で埋めようとする思考で縛りを入れている限り、誰も幸せになりません。諦めればいいんですよ。今が異常なんですから、消費者の立場に転じたときに何でもかんでも「こうあるべき」のべきに拘りすぎないことです。たまたま今過剰で異常なサービスダンピングがされているだけで、それを安く買いたたいて当たり前だとしている限り、自分が縛られるんです。

ゆるーくなりすぎるのも駄目とは思いますが、厳しいからと言って効率があがったり幸せになることが出来るという考え方は意識的に捨てていかないと駄目なんですよ、多分ね。その前提として、誰かを悪とか情けないものとしてあげつらうのはやめましょう。

日本でのバカンスの実現には自分にも他人にも優しくすることが何より必要だと思います。