ぐだぐだわーくす

意識低い系目標と面白アンテナを掲げて世界征服をもくろむBLOG。我を崇めよ(*‘ω‘ *)

敗戦の日に思う日本の今と未来

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こんにちは、DACです。

今日は終戦記念日、もとい敗戦の日です。それに関係するお話しをとりとめなく書いていきます。

敗戦の記憶が失われていく


第二次世界大戦で夫が戦死し、軍人恩給(公務扶助料)を受け取る戦没軍人の妻が今年度、初めて2万人を割る見通しであることが総務省への取材で分かった。平均年齢は94歳を超え、戦争を語れる妻たちの減少が急速に進む。以前は国や都道府県の戦没者追悼式で元軍人・軍属の妻が遺族代表の言葉を述べるのが一般的だったが、今年、妻が代表となるのは愛知、香川、奈良の3県のみで、記憶の継承が年々難しくなっている。
平均年齢94歳で2万人近くというのは息災といえば息災ではある。戦後生まれの若輩のかける言葉は薄っぺらいとは思うが、是非今後も元気であって欲しい。

ただ、この報道の伝えることの重さはまた別のところにある。本日に政府主催の全国戦没者追悼式が東京都千代田区の日本武道館で開かれるが、そこに出席される戦没者の妻の数はたった6人、招かれる人達も70歳以上、約5200人となっている。それは当然だろう。そもそもの人数も減っている上に、年齢を考えれば会場に足を運ぶのも大変になっているだろう。思いはあっても、最早身体が言うことを利かなくなる。きっと口惜しい思いがある筈だ。

何故戦没者の妻が着目されるのか?

何故戦没者の妻が着目されるのか?一つは公務扶助料、或いは遺族年金の受給者であるため数が把握しやすいからだ。もう一つ、これが主であるが、その年齢以上であれば、戦時の深い体験を語り得るからだ。70歳以上と言えば、その頃に物心がつかなかった人も含むし、学童疎開年代でその中で苦しんだ人もいるけれど、当時の世相を語れる程の分別があった人はその中には少ないだろう。

ただでさえ記憶という物は安定した物ではない。それでも強烈な痛みや苦しみ、悲しみを植え付けられ、それを背負って生きてきた方々の言葉は重く、そして貴重だ。

追悼から継承へ


戦争を知る世代の減少は記憶の継承をますます難しくしている。毎年8月15日の全国戦没者追悼式で追悼の言葉を述べる遺族代表は平成に入るまで主に妻が務めたが、14年を最後に15、16年は遺児で、今年も福岡県の遺児が務める。追悼式を取り仕切る厚生労働省の担当者は「近年は追悼から継承の場へと性格が変わってきている」と話す。都道府県主催の追悼式でも5年前の5県から更に減った。
直接の戦争被害者である遺族が亡くなった310万人を悼む。自分の大事だった人達の安寧を祈る。今日はそういう日だった。

しかし、片やそうすることも適わないほどに身体の自由が利かなくなり、片や思いをそのままに自らもこの世を去っていく。そうやって、時の目撃者、被害者は記憶もろとも失われてしまう。時が経ると言うことはそういうことだし、自然の摂理といえばやむを得ない。

近年は追悼から継承の場へと性格が変わってきているとは言うが、どれだけの継承が成されているのかは疑問がある。

遭遇した悲惨が過酷であればあるほどそれを語れない、記憶の檻に閉じ込めた人も少なくないだろう。追悼式に出席する人達はそれを捺しても前を向き語らんとした人達だろう。

その血が染み出るような言葉であっても、追悼式に同席し続けた政府筋の人達の心にどれだけ受け止められたのかは傍目に見て怪しいと言わざるを得ない。まして、この先となると暗澹とした心持ちになる。

自分にとっての戦争

こう語っておきながら、自分は戦争の記憶は一片のかけらすら持ち合わせていない。太平洋戦争は勿論のこと、その後に起きた朝鮮戦争もベトナム戦争も記憶していない。記憶という意味では、ありとあらゆる戦争を体感として記憶する物は無い。そういう幸せな生き方を許された人間の一人に過ぎない。

だから、自分が戦争を語るなど本来は烏滸がましいにも程があるのだ。

それでも、知らねばと思う。そして、知ろうとしている。

戦争や紛争がこの地球から消えたためしはない。今この瞬間でも戦火は消えず、人の命は失われている。「他国のことだから知らない」「日本には関係ない」そういう言葉がいかに薄氷の上の物かくらいは、こんな自分でも知っている。

今ある贅沢なまでの平和は、先達がなんとか作りだし奇跡と言って良い偶然の元に成り立っている。今を生きる我々は勝手にそれを当たり前と思い、フリーライドしているに過ぎない。自分たちでは何もしていないのに、ただただ享受している。

8月になれば、多くの国内メディアは戦争を振り返るよう促す。それは勿論大事でかけがえの無いことだ。しかし、その時だけだ。原子爆弾や太平洋戦争の話に限定されてしまう。後はそれに紐付けて、沖縄基地情勢、オスプレイ関連、日米安保に繋げるのが関の山だ。昨今であれば米朝の緊張関係の日本への影響を繋げるというのもあるかもしれない。どれも、日本、日本、日本ありきだし、別の月に変われば「あれはなんだったんだ」というくらい話題に挙がらなくなる。

先にも書いたが、戦争や紛争はいつだって現在進行で行われている。そして、それらは気付かれたように抜き出しで報道されるのみだ。そして、その数少ない報道も耳目を集めずに消えていく。多くの視聴者、読者は興味が無いからだ。マスコミもビジネスだ。読まれもしないものを伝えても仕方が無いと言うことでますます枠が減っていく。その結果、我々は自分で興味がないものを遠ざけ、その結果目を塞がれるに至っている。

近隣を見るだけでも何故これが大きく報じられていないのだ…と思うことは多い。とても恐ろしいことだと思う。

終わりに

国粋主義的な人達から見れば、非国民と言われるだろう。しかし、日本は負けて良かった。今日は敗戦の日だ。敗戦したからこそ、今の平和がある。

ただ、その平和も天与のものではなく、作られた遺産だ。戦後生まれの人はその遺産で食うことになれてしまって何もかも当たり前だと思っている。「売家と唐様で書く三代目」「学者に二代なく、長者三代伝わらず」「長者三代」という言葉があるが、それと同じだ。戦後の平和も継承と自らの心構えが無ければ代を重ねて取り崩して失うのも自然の摂理なのだろう。

そういえば、安倍首相も岸信介から数えるなら三代目だ。安倍首相の宿願は岸の思いを遂げることにあるとよく耳にするが、果たしてそれは本当かとも思う。自分が知る限り、岸の姿勢は今の安倍のあり方とは似て異なる物だ。尾崎不敬事件で「売家と唐様で書く三代目」を引用して大日本帝国憲法の立憲主義の崩壊を儚んだ尾崎行雄元文部大臣は東条内閣に不敬の汚名を着せられた。今の政治のあり方や世情はそれに似ている。

今まさに三代目として日本国憲法に手をつけんとする安倍はその歴史と世界の今をどれだけ知っているのだろうか?

これからを生きねばいけない我々に平和を守る覚悟はあるのだろうか?